『家に帰りたいというのはわがままですか?』

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Tさんにお会いしたのは桜の花が散った頃でした。

Tさんはがんの末期の患者さまです。

サラリーマンのTさんは慢性的な病気のため、若かりし頃から入退院を繰り返していました。

今回、持病の病気の治療のため入院し、末期がんとわかりました。

主治医から自分の病状説明を受け、もう治療方法はないことを知りました。

Tさんは病気のこと、予後のことを受け入れることができたようです。

今まで入退院を繰り返していたので貯金も少なく、大学生の息子さんもいるのでお金もかかります。

『最期は病院で・・・』と奥様と話し合って決めました。

日に日に病状が悪化して、苦しくなります。

食事も食べられません。

気持ちが悪くて吐いてしまいます。

食事が食べられないので点滴をしています。

吐いてしまうので鼻から管が入っています。

息苦しいので酸素も使っています。

病院にいるのに楽になりません。

苦しいので一日が長く感じられます。

病院にいても苦しいのなら「最期は自宅の畳の上で死にたい。」

「社宅だけど、家に帰りたい。自分の家族、犬、小鳥それが自分の宝物」と言います。

初めて病院でお会いしました。

とても険しい顔をしています。

辛そうです。

「明日、家に連れて帰ってくれますか。」搾り出すような声で訴えます。

「家に帰る途中に急変するかもしれませんよ。」と主治医が話しても、頑として聞こうとしません。

『家に帰りたい』という思いだけです。

Tさんの希望が叶い退院の許可がでました。

翌日、いよいよ退院の日です。

病室に伺いました。

昨日のように険しい顔をしています。

辛そうです。

民間の救急車が迎えに来ました。

ストレッチャーの上では不安そうな表情です。

そのまま外へ。

顔つきが変わりました。

外の景色を眺めています。

都心の病院の外、ビルと車しか見えません。

じっと見ています。

そして民間救急車へ。

家に帰れると思ったのかドンドン穏やかな表情になります。

車は高速に。

奥様はTさんの手をずっと握っています。

Tさんはずっと外を見ています。

奥様の声賭けにうなずきながら。

隣県への移動なので時間はかかります。

高速を降りました。

坂道の上り下りが頻回にあります。

ドンドンご自宅が近くになります。

顔がドンドン笑顔に満ちてきます。

八重桜の花吹雪が綺麗です。

とても満足そうな表情です。

1時間15分のドライブでした。

ずっと大きな目を見開いて見ています。

ご自宅の前に着きました。

愛犬が大きな声で吠えています。

「宝物の犬が迎えてくれていますよ。」と声をかけると満足そうにうなずきます。

笑顔です。

「ただいま」と大きな声で。

そして室内に。

とても穏やかな表情です。

周りをキョロキョロ。

安心しきった様子です。

「帰ってきたね。」と。

奥様は忙しそうにしています。

Tさんはそんな奥様の様子を見ています。

『家に帰りたいと言ったら、家族にも、お医者さんにも、看護師さんにもわがままだと言われた。

でも、帰りたいと思った人はいたはず…』とTさんはおっしゃいます。

『治らないのに家に帰りたいと言うのは、わがままですか?』もう一度おっしゃいます。

患者さまは帰りたがっているのです。

便意をもよおしたようです。

病院では「トイレでなければ絶対に嫌だ。ウォシュレットでなければ嫌だ。」と言い張っていました。

3人がかりで看護師がトイレまで介助していたようです。

3人がかりはご自宅では無理です。

ご自宅にはポータブルトイレを用意しました。

しかし、「足がしびれているからここでいいですか?」と。

よほど今まで辛いのを我慢していたのか。

「ここで良いですよ。」と。

奥様も「病院じゃないから誰にも遠慮することないのよ。」と。

誰に遠慮することもなくベッド上で排泄です。

病院では羞恥心だったのでしょうか。

それとも遠慮だったのでしょうか。

それとも体力的に…

排泄が終わり、奥様と一緒に下部の洗浄です。

満足のようです。

気持ちよさそうにしています。

まもなくTさんは穏やかな表情で旅立たれました。

ご自宅に着いて2時間あまりです。

何が何でも自宅に帰りたかった。

穏やかな表情です。

息子さんと一緒に旅支度をしました。

息子さんはお父さんの身体の重みを肌で実感しながら身体を拭きます。

奥様のお見立てで背広に大好きなネクタイです。

『本当に自宅に帰してよかった。

帰ってきてくれてありがとう。』

遺された家族の言葉です。

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