『私には明日がないのです!』

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「私には明日がないのです!」

そこには苦しそうにしている方がいます。

声をかけたら、眠そうです。

でも、気力を振り絞って答えてくれます。


「明日、家に連れて行ってください。」

うつろな目で、搾り出すような声で訴えます。

その後、声をかけても頷くだけで、声は出してくれません。


医療者なら一目見て、『重症』『末期』『セデーション?』と思われる状況です。


苦しくて、ベッドに横になるどころか、

ベッドサイドのオーバーテーブルにうつ伏せになっているのです。

酸素を使っています。

足が浮腫んでいます。


足の浮腫みから、辛くてもオーバーテーブルにうつ伏せになるしか出来ない、

胸部にも水が溜まっていると思われます。

たぶんセデーションが行なわれていると思われる状況です。


セデーションとは薬により苦痛を感じないようにすることです。

だから、意識も朦朧とすることもあるのです。


その方はお母さんです。

母子家庭です。

決して経済的に困っていたわけではありません。


『母子家庭だから、ということで、子どもに不憫な思いはさせたくない。』

『母子家庭だから、子どもに寂しい思いをさせたくない。』

そんな母性愛が彼女を頑張らせていました。


家では『子どものため』それだけで頑張っていました。

痛みがあります。

歩けません。

息苦しくて横になることも出来ません。


全ては『子どもに寂しい思いをさせたくない。母子家庭という不憫な思いをさせたくない。』

その気持ちで頑張っていました。


歩けなくても、子どもの学習机に椅子(ローラーがついている物)に乗り、移動します。

買い物は子どもに頼みます。

自分で食事が作れなければコンビニにお弁当を買いに行ってもらいます。

苦しくて横になれないので椅子に座りうつ伏せで眠ります。


全て『子どものため』『子どもがかわいそうだから』という想いから頑張ってきました。

我慢に我慢をして『子ども』のために頑張ってきました。

入院した時には

「こんなになるまで我慢して…」

「こんな状態でも頑張れるの?」というのが医療者の声です。


母は強し、子どものために頑張っていたのです。

病院に入院した時は、もう限界状態です。


「もう助からないのは解かっています。

正直に言ってください。

私はあとどのくらい生きられますか?

一度、家に帰れますか?」

と病院の医師に聞きました。


医師は、もう答えられません。

どうみても、今日か明日の命です。

それ以上に、今まで頑張っていたことが信じられないくらいなのです。


「本当のことを言ってください!!

どうしても家に帰ってしたいことがあるのです!!」


医師は「家に帰ることは無理ですよ。」と。

でも、どうしても帰りたいお母さま「死んでもいいから、一度家に帰してください。」と。


そして外出許可がでました。

病院に伺った時「私には明日がないのです!」という言葉を聞きました。


どうしても母親として見ておきたいことがあるのです。

自分がいない時(お祖母ちゃんが見ていてくれている時)、

子ども達は、どのように生活しているのか?


「『私がいなくても子どもが生活できている』それを見なければ私は死ねません!!」


今日、ご自宅に帰りました。(外出しました。)


お母さまは体力のある限り、気力のある限り頑張っています。


家の中はお祖母ちゃんのおかげで片付いています。

しかし、『これは、ここにあったほうが使いやすいのでは?』と思うものがあります。

お祖母ちゃんが「これは、ここに置こうね。」と片付けようとすると、

「だめ!!これは、ママがここに置いたのだから!!」 と下の子どもさんが言います。

お母さんは「お祖母ちゃんの言うことを聞いてね。」振り絞るような声で言います。

頷く子どもさん。

母と子の暗黙の会話です。

見ているだけでも切なくなります。


1時間足らずのご自宅での時間です。

お母さまは安心できたのでしょうか…


母は強し。


子どものためを思うなら、

そこまで頑張らないで、もっと早く病院へ言っていたなら…


とてもやるせない気持ちになる外出でした。

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